2008.6.4
縮小社会研究会の誕生に向けて
石田 靖彦
 
 縮小社会研究会の皆様
 縮小社会研究会の誕生をお祝い申し上げます.
 本研究会の呼びかけ文には全面的に賛同いたします.
 現在の社会は,先進国か途上国かを問わず,すべてが市場競争に勝つことによって経済を拡大することを第一の目的としておりますが,既に地球の容量を超えるほど肥大した消費経済による歪が種々な形で表面化しつつあります.このまま競争と拡大の経済を続けた将来に待っているものは,一層の環境破壊と,格差拡大と弱肉強食の冷酷な社会だけです.
 社会縮小の目的は,このような持続不可能な現在の社会を,全ての人間が人間らしい生活を送ることができるような,持続可能な社会に治すことであり,その基本は,資源の消費量を再生可能な範囲におさめることにあると思います.再生不可能な資源を全く使用しないことは難しいことではありますが,少なくとも,社会が持続不可能になり,多くの人々が苦しむような状態を招く心配がなくなるまで,消費量を削減する必要があります.
 このような社会の実現のためには,持続不可能な社会を造った推進力である従来の技術,すなわち,経済拡大だけに奉仕し,資源の消費量を拡大させ,最終的には多くの人々を却って苦しめることになる技術から,持続可能な社会のための,本当にすべての人類の幸福に貢献することのできるような技術に向かって,大きな方向転換をする必要があります.
 このように社会のありかたを根本から変えてゆく必要があると感じている人は少なくないと思いますが,なかなかまとまった輿論にならず,従って有効な政策となって現れないのは,市場原理と技術に対する人々の期待が大きいためだと思われます.
 人々は,事ある毎に,技術と市場原理に勝るものはないと吹き込まれています.二酸化炭素の排出削減が世界の急務だと世界政治の舞台でも繰り返し強調されながら,やはり経済成長路線に固執し,市場原理の活用と技術開発がその主要な方策とされています.最も効果的な環境負荷の軽減方法は経済活動を縮小することで,そうすれば経費も同時に低減されるはずなのに,経費が従来より余計にかかる環境対策が前提とされている中には,経済の拡大によって環境負担を減らそうという矛盾が感じられます.また,経済を拡大させる環境技術と共に,人々の一層の消費を煽るための技術開発,日常生活にはほとんど不要と思われる新たな製品の開発が,科学技術立国を旗印に推進されようとしています.これらの矛盾に対する疑問がほとんど提出されて来ないのは,工学も経済学も近寄り難いと感じる一般の人々,或いは専門外の人々は,技術の変化の速さや,予想もしなかった技術の成果に驚くばかりで,専門家の言葉をそのまま信じ込んでしまうからではないかと思われます.
 縮小すべき具体的項目の一例として,交通,特に自動車交通を挙げることができます.エネルギー消費,鉱物資源消費,広大な土地資源の占有,温暖化,大気汚染,世界で年間100万人を超える事故死者,交通渋滞,街の荒廃,自動車を使える者と使えない者との格差など,自動車が惹き起こしている問題の多さは驚くほどですが,これらすべての問題の最大の元凶は過剰な高速性にあると言えます.複数の人や簡単な荷物が運べる日常の運搬用具あるいは交通用具として個人的に使える自動車が実生活に役立つ部分は否定できませんが,現在の高速性は,実用的に必要な程度を遥かに超えています.日常生活では,自動車の代りに自転車を使う人が増えつつあることを考えれば,速度自体はあまり大きな要因ではなく,自転車程度でも運搬性,登坂性,および雨でも困らないといった自動車ならではの便利さは十分発揮できると思われます.その一方で,必要以上の高速さえ求めなければ,上に挙げたすべての自動車の問題点が同時に,しかも相乗効果によって著しく緩和されることは確実です.自動車の低速小型化は,公共交通機関を一層使いやすく,便利な方向に変えてゆくでしょう.省燃費のために余分な材料資源を使ってますます複雑で重量のある構造にし,安全のために新たな車載機器や道路施設を備えるといった,技術に技術を重ねる方策よりも,自動車の低速小型化の方が遥かに確実で持続可能な方向に適していると言えます.同時に,自動車を含めた交通の縮小は,社会全体を縮小させる大きな効果があると思われます.複雑巧妙で人間から離れ,環境負担の大きな技術より,人間の動きに合った,環境負担の小さな技術の方がより優れた技術である,といった見方も大切ではないかと思います.
 人々が従来の技術と経済の拡大路線を見直し,持続可能な社会に向けてより適切な路を進むようにするためには,学者や技術者の役割が非常に大きいと思います.現在がなぜ持続不可能なのか,そもそも持続の可能不可能とはどういうことなのか,経済や技術の何が持続不可能な社会をもたらしたのか,社会を持続可能に変えるためにはどのような経済や技術でなければならないのか,現在の環境技術や環境経済にはどのような問題があるのか,方向転換するための方策として何を進めたらよいか等について,現実を直視しつつ,しっかりした理論を立て,実証データを示し,多くの人々にも分かりやすく伝える努力をすることが,学者や技術者の責務であると思います.政策担当者だけでなく,一般の人々の理解を得ることが大切です.特に,技術の盲目的礼賛でなく,個々の技術製品まで含めて,技術の問題点をも厳しい目で明らかにしてゆくことは,技術専門家が社会に対して持つべき重要な責任です.
 このために学者や技術者が力を合わせる場ができることを私は以前から希望し,知己の大学教授の方々との話題にも時折出していましたが,この度,京都大学にこのような研究会が生まれたことは,大変嬉しく思います.京都大学こそ,このような研究会が生まれるのに最もふさわしい場所です.いずれは,この研究会が日本中,世界中に広まり,世の中を動かす大きな力を持つようになってゆくことを期待します.
 私も,微力ですが研究会の仲間に入れていただき,勉強させていただければ幸いです.